2018年8月6日月曜日

本科「黄の本質への接近」

黄がどんな色であるかなんて、誰も講義などできるものではないんだとわかっている。
だから私は黄がどんな色であるか、他の色もまったくそうであるが、考えて間違えて考えてを繰り返しやり続ける人間でなくてはならないと思っている。






黄が光のもっともそばにある色彩であるから、思い知らされることがある。
捕まえることができそうだと思った途端に、あざ笑うかのようにそれはペコンとひっくり返されるし、とんでもない自然を相手に自我を行使しまくって、何をこねくり回しているんだと手を合わせたくなるような気持ちになる。

そうやって内省して離れて、また魅了されて近づいて、
書物を開いて書きなぐって、大事なサインを見つけて、
覆されて、あべこべになって、
捨てて捨てて、剥いでいく。
そうやっても、
やっぱり残るものがある。
それが純化された本質的なものなんじゃないだろうかと
今思っている。

私は、その残ったものについて話をしている。
これが確かなものであれば。
みなさんの黄とやっていく際の、
確かなものに少なくとも近づいていると信じています。



主任研究員、担当講師:高橋 水木

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(授業後感想文の一部を抜粋して紹介させていただきます)

・3原色の黄色は、もっとも激しく生きていること、変容していることを感じた。

・私を通して心に感じる事を漏らさず掴み取って、つぶさに見ることが大切なのだと思い、色彩のことなのに私のことが放っておけなくなるのは至極当たり前のことであるように思えた。

・全てのものを明るみに出す強引さを持ち合わせている色彩だと感じた。

・色彩に学び、自然界に教えてもらっている気がした。

・呼吸している生き生きとした動きと強さを感じた。

・解放感がありどんどん広げたくなる自分に驚いた。

・笑ったのは、容赦なく照らし出す光に抗えず、湧き上がるのは笑いしかなかったのかもしれない。

・小さく弱くなっていくことに不安を覚えた。

・最近見た頼りにしていた男性の夢を思い出した。

・黄が1番大切にしていることが、何なのかわかった。心でも体でもわかった。

・黄が置かれている環境を考察して、なぜ黄が黄であれるのかを知れた。輝いている理由がわかった。

・黄のことを学びながら、青のことを考えていた。黄が青ともう一度一緒にならなければならない、と感じた。

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